お遍路(おへんろ)とは?意味や目的・何のためにするのかを完全解説【宗派・空海・八十八ヶ所巡り】
そもそも何のためにするの?目的は?
お遍路をするのに宗教とか宗派とか関係ある?
わかりやすく教えてほしいなぁ
この記事では、そんな悩みに答え、お遍路(おへんろ)とは何か?を、できるだけ簡単に説明します。
この記事でわかること
- お遍路とは何のこと?意味や目的、何のためにするのか
- お遍路は宗派が関係している?
- お遍路の起源・由来・歴史について
- お遍路でよく聞くお接待とは何か?
この記事では、歴史や背景を大切にしつつ、お遍路さんとは誰のこと?意味は?目的は?何のために参りをするの?といった、『お遍路とは?』という疑問に、この記事で答えが出ます。
お遍路(おへんろ)とは?

お遍路(おへんろ)とは、四国にある「弘法大師(空海)ゆかりの八十八ヶ所のお寺」を順番にお参りして回る旅(巡礼とも言う)のことです。
お遍路は、昔から長い間続いていて、四国では「暮らしの中の大切な文化」みたいに受け継がれてきました。
学校の授業で習ったこともあるかもしれませんが、その中心にいるのが、空海(くうかい)またの名を弘法大師(こうぼうだいし)という昔の偉いお坊さんです。
伝統としてのお遍路
お遍路には、昔からの伝統的な“型”があり、内容は非常にシンプルです。
- 四国の八十八ヶ所のお寺を順番に回る
- 礼儀作法に従い、お寺で手を合わせてお参りする
- お参りしながら、自分や家族のために願いごとをしたり、供養の気持ちで感謝を伝える
お遍路とは、上記の3つが伝統として大事にされています。
ちなみに、お遍路とは他にもこのような呼ばれ方もしています。
- お遍路巡り
- 四国遍路
- 四国巡礼
- 四国八十八ヶ所巡り
- 四国八十八ヶ所巡礼
- 八十八ヶ所参り
- 札所巡り
このように、人によっても呼び方は様々です。
まとめると、お遍路とは、空海(弘法大師)ゆかりの四国八十八ヶ所のお寺をお参りして回る、昔から続く巡礼の旅です。
その一歩一歩の巡礼の中に、昔から受けつがれてきた「祈りと感謝の文化」が入っているのです。
「お遍路さん」や「お遍路様」とは?
「お遍路さん」とは、四国八十八ヶ所などをお参りしながら巡っている人のことを、親しみを込めて呼ぶ言い方です。
一方で「お遍路様(へんろさま)」は、より丁寧で敬意をこめた呼び方。
特にお接待(せったい)をする場面や、年配の方が改まって呼ぶときに見かけます。
会話では「お遍路さん」と呼ぶのが一般的ですが、どちらもお遍路をする人のことを失礼にならないように呼ぶ言葉です。
お遍路の意味や目的とは?いったい何のためにするの?
お遍路している人は何のためにしているの?
よくあるお遍路の目的は、次のようなものです。
- 祈願:健康、家族の幸せ、仕事や試験の成功など「こうなってほしい」という願い
- 供養:亡くなった人への感謝、手を合わせることで心を落ち着かせたい気持ち
- 人生の区切り:転職・離婚・卒業・引っ越しなど、節目で気持ちを切り替えるため
- 自分を取り戻す:忙しさで乱れた生活や心を、もう一度まっすぐにするため
お遍路の本来の意味としては、四国八十八ヶ所をお参りしながら、祈願や供養、自分の心と向き合ったりすることを目的としています。
ですので「お遍路は何のためにするの?」と聞かれたら、答えはひとつではないので、人それぞれといった感じでしょうか。
ここ最近では、上記の目的以外にも、御朱印ブームにのっかって「ただ単に御朱印集めでやっている」なんて人も増えてますが、それもお遍路の一つの目的です。
お遍路は「祈願・供養・人生の区切り」などが最もよくある目的
お遍路の目的は人それぞれですが、よくあるのは「祈願」「供養」「人生の区切り」の3つです。
祈願としてお遍路する人は、自身の健康・家族の幸せ・仕事の成功など「こうなってほしい」という願いを込めてお参りすること。
次に供養は、亡くなった大切な人に感謝を伝えたり、心を落ち着かせたりするために歩く形です。
四国のお遍路では、通常のお墓参りや仏壇に手を合わせる供養よりも、より強いとも言われてます。
人生の区切りとしては、転職や引っ越し、失恋や離婚、病気からの回復など、心の節目で自分を立て直したいときに選ばれやすい目的です。
どれも共通しているのは、歩きながら手を合わせることで、気持ちが整理され「次の一歩」を踏み出しやすくなること。
余談ですが、その昔に空海がお遍路をしている時は、修行や四国のお寺を真言宗に改宗していたとも言われてますが、一説には「四国に結界を張っていた」なんて言われてもいます。
どこまでが本当かどうかはわかりませんが、お遍路の意味や目的は人によっても変わってくるということです。
お遍路はどの宗派?宗派が違っても参加できる?

「お遍路はどの宗派?」
「宗派が違っても参加できる?」
なんて疑問があると思いますが、結論から言うと、お遍路は空海(弘法大師)ゆかりの道なので“真言宗が中心”という土台はあります。
でも実際のお遍路は、信仰の深さを競う場ではありません。
ですので、他の宗派の人や無宗教の人でももちろん参加できます。
ここから先は、
「真言宗が中心と言われる理由」
「宗派が違う場合の考え方」
「札所の宗派が混ざる話と注意点」
を、順番にかみ砕いて説明します。
基本は空海が開祖の「真言宗」が中心
繰り返しになりますが、お遍路の宗派は、基本は「真言宗」が中心です。
四国八十八ヶ所霊場会は、四国八十八ヶ所霊場が真言宗の宗祖・弘法大師(空海)により約1200年前に開創された歴史があります。
ですので、お遍路の宗派とは真言宗が土台となっています。
実は真言宗以外のお寺の宗派が混ざっている
お遍路のお寺は真言宗ばかりと思いきや、八十八ヶ所の札所の中に他の宗派も混ざっています。
真言宗以外の宗派
- 天台宗4ヶ寺
- 臨済宗2ヶ寺
- 曹洞宗1ヶ寺
- 時宗1ヶ寺
があります。
昔はもっと多様だったとも述べられ、歴史の中で宗派が変わった札所もあります。
というと、決してそうではありません。
お遍路では宗派が違っても基本的には同じ参拝方法になっているので、お寺の宗派を気にする必要はありません。
他の宗派・無宗教でもお遍路をするのは問題ない
お遍路をするとき、「他の宗派・無宗教でも大丈夫?」なんて思うかと思いますが、全く問題ありません。
そもそも、来るものを拒まないのが仏教の教えです。
文化庁の日本遺産ポータルサイトでも、
だと紹介しています。
お遍路の起源・由来・歴史!空海(弘法大師)とお遍路の関係は!?
お遍路の起源や由来は、弘法大師空海の修行地と伝わる「四国の聖地」をお参りして回る、昔から続く巡礼の道です。
もともと空海が四国の香川県(当時は讃岐国と呼ばれていた)で生まれ修行していたので、四国が選ばれ、今も受け継がれています。
文化庁の説明によれば、平安時代の僧侶・修験者の巡礼が出発点で、鎌倉時代には西行・法然・一遍も四国を訪れたとされ、やがて一般の人々へ広がったとされています。
出典:文化庁お遍路サイト
さらに江戸時代には交通の発達で遠隔地からの巡礼が増え、四国が「聖なる場所」、いわゆる聖地巡礼として浸透して日本の文化として定着しました。
八十八ヶ所巡り(八十八ヶ所巡礼)とは八十八ヶ所のお寺を巡ること
お遍路の違う呼び方として、「八十八ヶ所巡り(八十八ヶ所巡礼)」とありますが、これは四国に点在する八十八ヶ所の札所(お寺)をお参りすることが呼び名の由来です。
四国八十八ヶ所の基本的な考え方
四国八十八ヶ所の基本的な考え方は、「八十八ヶ所は全部つながる“ひとつの巡礼道”で、どの札所も大切」という考え方です。
そのため、「一生のうちに一周するために好きな時に、好きなお寺を回ればいい」という考え方でお遍路をしている人も多いです。
結願(けちがん)とは八十八ヶ所全てのお寺を回り終えること
結願(けちがん)とは、四国八十八ヶ所巡りで八十八ヶ所すべてのお寺をお参りし終えることです。
願いを結ぶということで、修行や巡礼が終わったことを意味しています。
また、結願を違う呼び方で「満願(まんがん)」なんて呼ぶこともあります。どちらも意味は同じです。
八十八ヶ所全ての巡礼が終わると、満願成就として願いが叶うとも言われています。
お遍路の「同行二人」の意味は「ひとりでも“ひとりじゃない”」ということ

お遍路には昔から大事にされてきた「同行二人(どうぎょうににん)」という言葉があります。
ですので、ひとりで回っていても「ひとりじゃない、弘法大師様と一緒に回っている」という意味ですね。
これは実際にお遍路をやっている人(歩きお遍路に限る)で、そう感じる人もいるそうです。
白衣の背中に書いてある「南無大師遍照金剛」とは?
お遍路さんが着ている白装束「白衣(びゃくえ・はくい)」の背中に書いてある「南無大師遍照金剛」という文字が気になっている人は多いかと思います。
この南無大師遍照金剛は「なむだいしへんじょうこんごう」と読み、意味としては「弘法大師(空海)さまを信じて、よりどころにして歩きます」という合言葉です。
言葉を分解して解説すると、南無は仏教用語で、帰依(きえ)と同じ意味です。
帰依とは、「すぐれたものを頼みとして、その力にすがる」ということです。
よくお坊さんが、南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)や、南無法蓮華経(なむほうれんげきょう)とか唱えてますよね。
これは、「阿弥陀仏や法蓮華経の力にすがります」といった宣言みたいなものです。
続いて、大師遍照金剛は、「遍照金剛 = 空海の別の呼び名」という意味です。
話をまとめると、「南無大師遍照金剛」は「弘法大師様を頼みにしてお力にすがります!」といったことになります。
お接待とは?お遍路の文化としてとても重要
お接待とは、四国に住んでいる地元の人がお遍路している「お遍路さん」に対して、親切な行為をすることです。
これは四国では、ごくごく当たり前の文化となっています。
具体的にどのようにお接待があるかというと、以下のような感じです。
- 飲み物や食べ物を分ける
- 道を案内する
- 励ましの言葉や物を送る
- 休憩所や無料の宿(善根宿)を用意する
このように、四国ではお遍路する人を支えることがあり、自分がお遍路に行けないので「代わりにお遍路に行ってもらう」といった考え方があります。
また、「お接待をすること自体が功徳を積む」という考え方もあります。
日本ではあまり馴染みがないですが、タイやラオス、ミャンマーなどの仏教国では、お坊さんに食べ物やお金を差し出す托鉢(たくはつ)という文化があるのですが、それと同じような感じですね。
仏教の教えでは、まず人に与えることによって、それが返ってくるという教えがありますので、それの実践ですね。
話をまとめると、お接待とはお遍路する人だけでなく、お遍路ができない人にとっても「一緒にお遍路へ想いを連れて行ってくれる」といった四国では大事な文化ということです。
お遍路とは「四国八十八ヶ所をお参りして巡る旅」

お遍路(おへんろ)とは、空海(弘法大師)が修行した四国の八十八ヶ所のお寺をお参りして巡る旅です。
お遍路をする人の理由や目的は、祈願・供養・人生の区切りなど、その人によって違うということも分かったかと思います。
もし四国に行った際は、日帰りで一ヶ所でもいいのでお遍路の札所(お寺)に行ってみると良いかもしれません。
